持続可能な社会の実現のための無機ナノ材料

高効率蓄電のためのアルコール合成電極触媒の創製

 常温常圧で液体(あるいは溶液)であるアルコールは、化学的に安定でありかつ比較的高いエネルギー密度(体積当たり)を有している(図1、(参)水素:13 MJm-3)。既に、サトウキビやトウモロコシからエタノールやエチレングリコール(バイオアルコール)が工業的に生産されている。最近では、バイオマスからのアルコール製造が商業化されており、バイオアルコールは安価な非石油系の燃料となりつつある。また、バイオアルコールは完全に燃焼しても、システム全体(well-to-wheel)としての CO2排出による環境への影響が少ない燃料である。しかしながら、発酵によりバイオマスからアルコールを製造する際には、原料に含まれる特定の糖分の半分程度がアルコール(炭素収率<51%)となり、残りは CO2として放出されるため、アルコールの合成効率は必ずしも高くはない。他方、ある種のバクテリアを用いれば、多様な糖を高効率的に酢酸(カルボン酸)に変換すること(炭素収率<100%, (参)US6927048B2)ができる。また、我々の研究により、適切な触媒(アノード)を用いて、アルコールを選択的にカルボン酸に変換することで、完全に CO2排出のない燃料電池発電が可能となっている(Sci. Rep., (2014), Phys. Chem. Chem. Phys., (2015), PCT/JP2013/71735)。つまり、カルボン酸は世の中に多量に存在する(安価な)材料であると言える。もし、再生可能エネルギー由来の電気エネルギーを利用して、カルボン酸(バイオマス由来)から直接アルコールを製造することができれば、安価でクリーンなアルコールの製造が可能となる。しかしながら、電気化学的にカルボン酸からアルコールが合成された例はこれまで報告されていなかった。

 これに対して、当研究室では二価カルボン酸であるシュウ酸の還元触媒を網羅的に探索し、TiあるいはTiO2のみが活性を示すことを明らかにした。さらに、高比表面積かつ100%アナターゼ相のみからなる多孔性TiO2触媒を作成して電極に導入することで、カルボン酸(シュウ酸)からのアルコール様物質(グリコール酸)の電気化学的合成に世界で初めて成功した(Energy Environ. Sci., (2015))。二酸化チタンを金属上に塗布しただけの簡易な構造のカソード上で、高効率に(ファラデー効率>95%)、つまり、水素発生なしにシュウ酸還元が進行することは特筆すべきである(図2)。

高選択的酸化のためのナノ合金電極触媒の創製

 持続可能な社会を実現するには、CO2排出を抑制し、かつ、エネルギーを効率よく循環させるシステムとして、我々は、輸送および貯蔵のコストがかからない液体燃料をエネルギー媒体とし、CO2の排出なしに再生可能エネルギー由来の電力を循環させる”カーボンニュートラル・エネルギー(CN)サイクル”を提案している。例えば、燃料としてアルコールを用いるばあい、高選択的にカルボン酸に酸化することができれば、CO2の排出なしに発電することができる。また、酸化廃棄物であるカルボン酸を再生可能エネルギー由来の電力を用いて還元することでアルコールを製造すれば、高効率の蓄電が実現される。この、発電と蓄電を組み合わせることで、CO2フリーの再生可能電力の循環が可能となる。

 我々は、はじめに、沸点が高く、蒸気圧が低いエチレングリコールをエネルギー媒体とするCNサイクルの開発に取り組んだ。我々の提案するCNサイクルでは、燃料電池を使ってエチレングリコールを高選択的にシュウ酸に酸化することで、CO2の排出なしに発電する。

 我々がPt触媒上でのエチレングリコールの酸化反応の生成物を調べたところ、非常に高い選択率でエチレングリコールをその4電子酸化生成物であるグリコール酸まで酸化することがわかった。エチレングリコールを8電子酸化反応の生成物であるシュウ酸まで酸化するには、触媒表面との相互作用を増大させることが重要であると考えられる。我々は、エチレングリコールの水酸化基(OH基)を触媒に接近させるために、酸素との親和性の高いFe族金属に着目し、種々のカーボンに担持されたFe族ナノ金属触媒(Fe/C, Co/C, Ni/C, FeCo/C, FeNi/C, CoNi/C)の開発を行い、液相化学還元と水素還元を組み合わせた2ステップ方とよぶ新規のナノ合金作成法を開発した(図1)。さらに、作成されたFeCo/C触媒をアルカリ燃料電池のアノードとしt用いることで、エチレングリコールからの発電にも成功した(図2)。ここで、エチレングリコールのC2化合物への選択率は99%であることがわかった。これは、CO2の発生なしにエチレングリコールから発電した初めての例である(Sci. Rep., 2013)。

アルコールの連続合成を可能とする電解合成セルの構築

 グリコール酸はエネルギー密度が高く安定な化合物であり、貯蔵や輸送が容易な次世代の燃料として期待されている。また、ピーリング剤や生分解性ポリマーの原料として工業的にも広く使われている物質でもある。一方、シュウ酸は大気中のCO2を吸収して成長する植物から得ることができる。従来のグリコール酸の合成プロセスは、高温高圧条件を必要とするか、環境汚染物質となる有機物や塩の排出を伴う。我々は、電力のみを使ってシュウ酸からグリコール酸を連続的に製造する装置の開発に成功した。この技術により、効率的なグリコール酸の製造が可能になるだけでなく、再生可能エネルギーによって作られる電気エネルギーを貯蔵性及び輸送性に優れたグリコール酸に直接的に貯められるようになると期待される。我々は、これまでに、TiO2触媒がシュウ酸からの電気化学的なグリコール酸合成に有効であることを発見した。本研究では、新たに基質透過性を持つ膜-電極接合体とそれを使った、固体高分子型グリコール酸電解合成装置を作製し、この装置を用いることで、不純物を添加せずにシュウ酸からグリコール酸を連続的に製造することに世界で初めて成功した(図1)。

新規アンモニア合成ナノ合金触媒の創製

 アンモニアは、肥料の原料としてのみならず、CO2を排出しないクリーンな燃料としても着目されている。現在、Fe触媒を用いるハーバー・ボッシュ法によりアンモニアが工業的に生産されているが、天然ガス改質による水素製造工程において大量にCO2が排出されることや高温・高圧の反応条件を維持するための膨大なエネルギー消費されることが問題になっている。他方、Ru触媒は比較的低温・低圧で高いアンモニア合成活性を示すが、水素分圧が高い条件では水素被毒のため不活性化するという欠点がある。もし、Ruに水素との親和性の小さいFeを固溶させることができれば、水素被毒耐性を抑制できると期待される。われわれは、組成の異なるRu-Feナノ合金アンモニア合成触媒を作製し、その物性と触媒特性を系統的に調べた。

 作製したMgO担持 Ru50Fe50触媒は、同一粒子内にRuおよびFe原子が均一に分布していることが明らかとなった(図1)。作製したRu50Fe50およびRuを用いたアンモニア合成活性の温度依存性を調べた。STEM像を用いて求めたRuおよびRu50Fe50ナノ粒子の表面積を用いて触媒の単位面積当たりの触媒回転頻度は、Ru50Fe50上では、Ru 上よりも約2.5倍もの高い活性を示すことがわかった。次に、異なる窒素と水素の分圧における触媒試験を行い、N2およびH2に対する反応次数を求めると、N2に対しては、両触媒上で正の次数が得られたが、H2に対する次数は、Ru/MgO上では負になるもの、Ru50Fe50上では、正となることが明らかとなった。これは、Feの導入により、Ru上での水素被毒が抑制されることを示している。このような反応次数の変化は、合金化による電荷移動および新規の反応サイトの出現によるものと考えられる(Phys. Chem. Chem. Phys. 2018)。

形状制御TiO2触媒による触媒活性のコントロール

 地球温暖化などの環境問題や化石資源の枯渇といったエネルギー問題を解決し、持続可能な社会を実現するために、再生可能エネルギーを利用した発電が注目されている。再生可能エネルギーは電力の供給が不安定であるため、実用化には電気エネルギーを貯めておき、必要に応じて取り出して利用することが必要である。そこで、電気エネルギーと化学エネルギーを直接変換できる電気化学反応が注目されている。 我々は、貯蔵性や輸送性に優れた物質としてグリコール酸に注目し、アナターゼ型のTiO2粒子を電極触媒に用いることで電気化学的還元反応によって二価のカルボン酸であるシュウ酸から一価のアルコールであるグリコール酸が高効率かつ高選択的に生成できることを報告している[1]。我々は、本反応での触媒活性を向上させるため、結晶面と形状が制御されたアナターゼ型のTiO2粒子を調製し、その構造とシュウ酸からグリコール酸への電気化学反応の触媒特性の関連について研究した。 まず、ソルボサーマル法によって、 {101} 面や {001} 面などの特定の結晶面が露出し、形状を制御したアナターゼ型のTiO2粒子を合成した。粉末X線回折 (XRD) 測定によって、得られた粒子の構造はアナターゼ型のTiO2粒子であることを確認し、透過型電子顕微鏡 (TEM) 観察、走査型電子顕微鏡 (SEM) 観察から、得られた粒子の形状が制御されていることを確認した(図1)。 形状制御されたTiO2粒子上での電気化学的シュウ酸還元反応における生成物分布を調べたところ、グリコール酸などの生成物選択性は、粒子形状に依存することがはじめてわかった。さらに、TiO2粒子の物性と反応選択性との詳細な検討の結果、TiO2粒子の触媒特性は、結晶面指数ではなく、粒子の頂点や伝導帯のエネルギー準位と相関していることが明らかとなった。

参考文献

[1]Watanabe, R. M. Yamauchi, M. Sadakiyo, R. Abe, T. Takeguchi, Energy Environ. Sci., 8, 1456 (2015)

In situ/Operando分光法

 触媒反応中の触媒物質の状態、表面反応過程を解明することは、学術的意義があるだけでなく、工業触媒の設計・高性能化にも役立ちうる。実際の反応条件(温度・圧力等)を妥協することなく分光測定を行う手法がその場分光法(In situ spectroscopy)である。さらに、その場分光法に反応転化率と選択性を同時測定できるような機能を付与すればオペランド分光法(Operando spectroscopy)となる。

 当研究室では、その場・オペランド分光法とフーリエ変換赤外分光法(Fourier transform infrared spectroscopy: FT-IR)、或いはX線吸収分光法(X-ray absorption spectroscopy: XAS)を活用して、触媒表面素過程や触媒物質の構造・電子状態を解析し、触媒作用の高機能化、且つ貴金属元素の低使用・未使用を目指している。FT-IRでは熱触媒反応に対応した拡散反射赤外分光法(Diffuse reflectance infrared Fourier transform spectroscopy: DRIFTS)と透過赤外分光法(Transmission infrared spectroscopy: TIRS)のセルを使用し、電極反応には減衰全反射赤外分光法(Attenuated total reflection infrared spectroscopy: ATR-IR)を利用して、それぞれ固-気、固-液界面を観測している。

 通常のその場・オペランド分光法では、時間分解能に限界があり、且つ信号対雑音比(Signal-to-noise ratio: S/N)が低いため、速い表面反応を追うことが困難である。そこで我々は、変調励起分光法(Modulation excitation spectoscopy: MES)を上記分光法と組み合わせることによって、高時間分解・高S/N比のスペクトルを解析に用いている。下記の例図のように、触媒反応中の表面赤外スペクトルを高時間・高位相分解で得ることに成功している。

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